映画「オッペンハイマー」を2回見たが、オレにはその魅力を話す相手がいない(トモダチ、イナイ…)。だから、ここで存分に語りたい。ちなみに、「日本人が見るべき」といった視点はどうでもいい。肝心なのは、面白いか、面白くないかだ。
初見の日本人が理解するのは難しい
まず最初に、本作は初見の日本人が理解するのは難しいね。急にモノクロになる意味がわからないし、登場人物が多くて誰が誰だかわからんし(欧米人、見分けにくい…)、字幕を追うのに精いっぱいでストーリーの咀嚼には至らない。英語のヒアリングができて、欧米人の顔の区別に慣れていて、ある程度の歴史を知っている人ではないと、初見では理解できないだろう。しかも、それが3時間続くわけだから、「よくわからなかった。しかも長ぇ…」とげんなりした方が多数いたのは間違いない。その証拠に、Googleユーザーの高評価の割合は、83%とちょっと微妙…(「ゴジラ-1.0」は高評価の割合が96%)。では、面白くないのか? と問われたら、オレはその真逆を答える。「絶対に見たほうがいい。面白い!」と。
ストーリーの理解に必要なポイント
映画館を出て思い返してみても、なにがなにやら…。そんな消化不良の一見さんに対し、以下に本作のポイントをまとめてみた。
●カラーのシーンとモノクロのシーンが混在。カラーのシーンは「核分裂」、モノクロのシーンは「核融合」と名付けられている。カラーの「核分裂」はオッペンハイマー(演:キリアン・マーフィー)の視点、モノクロの「核融合」はルイス・ストローズ(演:ロバート・ダウニー・Jr.)の視点から描いたもの。ルイス・ストローズはアメリカ原子力委員会の委員長にしてアメリカ海軍少将。アインシュタインがいる「プリンストン高等研究所」にオッペンハイマーを招いたときから因縁が始まる。
●シーンは時系列で分けると大きく3つ。①原爆開発(マンハッタン計画)の経緯(~1945まで。戦時中がメイン)→②原子力委員会によるオッペンハイマーの聴聞会(戦後・1954年)→③ストローズ視点のシーン(戦後・1959年がメイン)。
●上記の②で審議されるのは、過去に共産党に関わったことによるオッペンハイマーのスパイ容疑。
●③にある裁判のような会は、ストローズが米国政府の閣僚にふさわしいかどうか、審査される会。
●原子爆弾(原爆)と水素爆弾(水爆)の違い→威力は原爆より水爆のほうがはるかに高い(原爆の約100~1000倍。水爆の起爆には原爆のエネルギーを使う)。原子爆弾は核分裂を利用し、水素爆弾は核融合をメインで利用。ゆえに、カラーパートの「核分裂」は原爆の開発がメインの時代(戦前~戦中)を描き、モノクロパート「核融合」は、水爆の開発にまつわる時代(戦後)を描く。
上記のポイントはオレが1回映画館で見て、ネットを検索して、さらにもう一回見て得た情報だ。「いろいろ調べて、2回以上見ないと理解できない3時間の映画」ってどうなのよ? という意味でオレは本作が「アメリカ人のための映画」なのだと思った。
重厚、スタイリッシュ、スケールがデカい
とはいえ、初見でも圧倒される魅力があったのは事実。アカデミー賞で作品賞を含む7冠を獲ったという実績も大きいが、やっぱり映像が重厚、それでいてスタイリッシュ。スケールもデカい。原爆開発のために荒野の真ん中に町を作るかぁ…。そして、それを撮るかぁ…。ロスアラモスのシーンはたぶん実写だよね。史実でもそうだけど、現代においても映画制作の規模が日本とはまったく違う。いったい、どれだけお金をかけたのか…。時代を超えても埋まらない、国力の差には打ちのめされるばかり。
ちょいとうるさい傾向はあったが、音の演出も興味深い。途中、物理の抽象映像が挟まれてくるが、そこに当てられた音も妙にリアルなんだよな。ほかにも、俯瞰の映像に当てられた弦楽器の不協和音。不穏な展開をイメージさせて印象深い。原爆実験で遅れてやってくる音…これも事実の通りではあろうけど、衝撃の大きさを表すのに効果的だった。
あと、体育館の祝賀シーン。観客が熱狂的に足を踏み鳴らす音は、強い罪悪感とストレスの象徴となった。映像のみでは単調なシーンをうまく補い、アクセントを付け、感情を増幅させる…そんな音の演出は、意味のあるものだったと思う。
キャラ立ちのトップはやっぱり奥さん
キャラで言えば、やっぱりオッペンハイマー(長いので以降オッピー)がカッコいい。青く輝く瞳がミステリアスで、つばが長くまっすぐな中折れ帽をかぶると、さらに目元に陰影が出る。…渋い。パイプをくゆらせ、ダボっとしたスーツを着て、ズボンのポケットに手を突っ込む姿も妙にハマっていた(ネクタイは短い気がするが…)。
個人的に印象に残っているのは、オッピーがグラスを部屋の隅に投げてガシャガシャ割っていくカット。「ああ、天才ならやるね」と、主人公の非凡を印象づけた。あと、科学者ってモテるんだね。優秀な遺伝子を持ってることは証明されているわけだから、オッピーくらいこなれていたらそりゃあモテるでしょう。よし、オレも科学者目指そう!(笑)
キャラでいえば、メンヘラのジーン・タトロック(演:フローレンス・ピュー)も忘れ難い。目ヂカラは強いが精神が不安定で、オッピーが性懲りもなく花を贈るとゴミ箱へダンク(笑)。あと、何度か彼女の裸体も登場したが、まるで小太りの少年のような…あれほど性欲を感じさせない身体もない。オッピーが真っ裸でソファに座っていた場面もそう。生々しさはなく、違和感だけを残す…これも監督の意図なのだろうか?
ちなみに、ジーンは自殺ではなく、他殺かもしれない。アメリカ陸軍防諜部のボリス・パッシュ(演:ケイシー・アフレック)の手によって殺された可能性があるのだ。ちょっとわかりづらいので付記しておく。
そして、キャラ立ちの筆頭といえば、やはり奥さんのキティ・オッペンハイマー(演:エミリー・ブラント)だろう。育児ノイローゼ(?)でアルコール中毒になるが、その後、ジーンが変死して失意のオッピーに対して「しっかりせえや! あんたがやらなアカンのやろ!」(※関西弁訳)と叱りつけて鼓舞。原子力委員会の聴聞会では、歯切れのいい反論で審査員のひとりを納得させる。ときには「黒幕はストローズよ!」とドアにグラスを投げつける…などなど、要所で大いに活躍した。気性は荒いし、常に不機嫌だが、本作には欠くべからざる「おもしれー女」(※少女漫画風)と言えるだろう。
あと、個人的にツボだったのが、パーティでボンゴを叩いていたのが物理学者のファインマン(演:ジャック・クエイド)だと知ったとき。オレは「ご冗談でしょう、ファインマンさん」(岩波書店)を読んで面白いと思った記憶があって、ちょっと感動。
日本について。トルーマン大統領が印象深い
そうそう、あとは日本について。本作を通してわかったことは、戦時中にアメリカがもっとも恐れていたのはドイツであり、ソ連であり、日本ではなかったということ。ドイツは原爆を開発する力があり、戦況を逆転される恐れすらあった。一方で日本は対外攻撃の手段はなく、資源も開発力もなかった。ポツダム宣言までにソ連に原爆の力を見せつけたい、でもその前にドイツが退場してしまった。…じゃあ、日本で。消去法で原爆の標的になったというのがよくわかった。もう少しドイツが粘っていたら、原爆の標的は変わっていたのかもしれない。
日本への原爆投下についてもうひとつ。印象に残ったのが、トルーマン大統領(演:ゲイリー・オールドマン)のひとことだ。戦後、オッペンハイマーが「私の手は血塗られているように感じます」と語ったことに対し、「恨まれるのは原爆を指示した者(オレ)だ。君なんか関係ない」と言い放った。「あの泣き虫(オッピー)を二度とよこすな」とも(こう言ったのは史実らしい)。この言葉に、揺るぎない信念を見た気がした。この大統領だったら、100回やって100回とも原爆投下の指示を出すんだろうな。
「日本の惨状」は詳しく描かないほうがいい
あとは、「日本の惨状が十分に描かれていないじゃないか」という意見もある。「日本の惨状」とは、漫画「はだしのゲン」で描かれたトラウマ級の光景を指すのだろう。たとえば、黒焦げの死体で埋め尽くされた川、焼けただれた身体でさまよう人々…これらを見せるべきなんじゃない? と。
しかし、本作はあくまでも娯楽作品だとオレは思う。ここで「日本の惨状」を描写すると、ドン引きが勝って以降のストーリーが入ってこない。おそらく映像のトーンも合わないし、この程度の描写でとどめておくのが妥当と思う。また、作中で誰かが語った「原爆が落とされたヒロシマは…」との言葉に、オッピーがすかさず「ナガサキもです」と加えたあたり、日本への一定の配慮が感じられたことも付記しておこう。ちなみに、日本を高く評価するような描写はないので、自尊心がくすぐられることはない。
ストローズが恨みを抱いた過程を丁寧に描写
本作の大きな見どころは、ストローズがオッピーを恨んで、陥れたこと。「核融合」と名付けられたモノクロのシーンはストローズの視点で描かれていて、出会った当初からオッピーに「卑しい靴屋」などと言われ(冗談らしいけど、普通そんなこと言う?)、同日オッピーと話したアインシュタインが険しい顔でストローズを無視(→自分の悪口を吹き込まれたのだと勘違い)。アイソトープなるものを輸出するときの公聴会では、オッピーが「そんなもん輸出して全然オッケー」みたいなことをしゃれた言い回しで答え、反対派のストローズはバカにされたと逆恨み。
水爆の開発でも対立していたけれど、ドロっとした個人の恨みが動機となっていた…というのは大いに納得だ。原子力委員会の公聴会でオッピーを徹底的に痛めつけ、追い詰めたのがその証拠。その過程が明らかになり、オッペンハイマー事件(※)は国家の陰謀とかじゃなく、「実はストローズの個人的な恨みを晴らすための計画でした!」というのが本作の大きなカタルシス。「うわ~マジか~。でも、これだけ丁寧に描写されたら、わかるわー」と、深く深く納得できることだろう。
※オッペンハイマーがスパイ嫌疑で地位を奪われた事件
あとは、やっぱりUSA映画だな~と思ったのが、ストローズが閣僚入りの審議に落ちた際、反対した若手議員の名が告げられたとき。「その議員の名は?」「ジョン・F・ケネディです」。「おお~ここで来るかぁ~」とアメリカ人ならひと上がりあったはず。日本で言えば、「謙信キター!」みたいなもんだろうか。ちなみに、のちにケネディは大統領となり、核戦争の一歩手前までい行くヤバイ事件(キューバ危機・1962年)の当事者となる。話がつながってるねぇ~。
神になぞらえるのは鼻につく
魅力を挙げたらキリがない本作ではあるが、鼻につくな…と思うところがないでもない。“プロメテウス”を引用するシーンだ。天界の火を盗んで人類に与えたことで、長く拷問を受けたギリシャ神話の神「プロメテウス」にオッピーをなぞらえたわけだけど、その辺は「しゃらくせえ」と思う。ジーンとセックスしながら、「我は死なり、世界の破壊者なり」と読み上げるシーンもそう。
…うーん、ちょっとかっこつけすぎでしょ。ヒトが栄光への熱に浮かされて作ったまでのこと。そして、その栄光は体育館の祝賀会から一転、重荷へと変わるわけで。オッピーが祝賀会の会場を出ると、路上で反吐を吐く男に遭遇。熱望して得たものは、大して価値がなかった…と象徴するシーンだが、これもどこかで見たような表現で、ちょっと陳腐だったかな。
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「世界を破壊しました」ラストが衝撃的
そして、最後に語るべきラストピース。アルベルト・アインシュタイン(演:トム・コンティ)との関係だ。オッペンハイマーはアインシュタインをマンハッタン計画から遠ざけていたが、原爆実験(トリニティ実験)を前にした1943年、ヤバイ可能性(核分裂の連鎖反応で大気に引火して世界が吹っ飛ぶ可能性)があることを伝え、大丈夫かどうか計算して! と助けを求める(ずいぶんとムシのいい話だ)。アインシュタインは、「オレは計算しない。そっちで計算して、本当に世界を滅ぼすものだとわかったら、実験を中止してナチスとその事実を共有しなさい」と。うん、実に的確で妥当な意見だ。
時は流れて1947年、オッピーはプリンストン高等研究所でアインシュタインと再会。ストローズが勘違いしていたシーンの種明かしが始まる。
ここでは、アインシュタインがオッピーにかつて与えられた屈辱の事実を語り、お前も同じ仕打ちを受けることになる…と予言。示唆に富む味わい深いやりとり…なのだが、それよりも何よりも、オッピーの「私は世界を破壊しました」という告白が衝撃だった。「破壊するかも」じゃなくて「しました」だから。そういえば、作中でオッピーは「人は作った武器を使う傾向にある」と言っていたな。作った以上、使うのが人間というもの。つまり、必然的に世界の破壊が起こる…。これを聞かされたアインシュタイン、さすがに他人事ではない。ストローズが目に入らないほど、考えこんでしまうよね。
そして、ラストのラスト。真っ青な空に、幾筋もの白煙が立ち上る光景が映し出される。弾道ミサイル発射後のイメージだろうか。不謹慎だが、オレはどこか清々しい、と思ってしまった。世界がリセットされて、新たな物語が始まる号砲の煙。その美しさに、思わず終わってしまえ…などと思ってしまった。いや、いかんいかん、リア貧の考えそうなことだ。ジーンには「セックス不足ね」と一蹴されてしまうな(笑)。
とはいえ、オッペンハイマーが原爆を開発して以来、我々は1秒たりとも核兵器の脅威から解放されていない。小説においては、銃が物語に登場した以上、それは必ず使われなければならないというが…(チェーホフの銃)。使われないことを祈る…だけではダメか。そして現在、核保有国のロシアとイスラエルは戦争状態。我々は、想像以上に細い糸の上を歩いているのかもしれない…。
というわけで、これだけ感情を揺さぶられて、考えさせられる映画は貴重。重厚でスタイリッシュな映像、効果的な音、魅力的なキャラ、構成の妙、スケール感…振り返ると、やっぱり面白かった。思うに、本作はネタバレして見るくらいがちょうどいい。見どころが多いし、映画自体が長いから自分だけの心に残るシーンがきっとあるはずだ。まだ見ていない方、1回見てわからなかった方、本稿を読んで「映画館行こう」と思ってくれたらいいな。それでは、また。
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