【ネタバレのみ】話題の自主制作映画「侍タイムスリッパー」なぜ、二人は真剣勝負に至ったか?

映画

侍ストリッパー…ではない。「侍タイムスリッパー」だ。この映画、池袋シネマ・ロサでの単館上映からスタートし、SNSで絶賛され、全国の映画館に拡大上映されるようになったそう。そのヒットの仕方から「第二のカメ止め(カメラを止めるな!)」と呼ばれているらしい。いち早く観たら「感度が高い人!」と思われてモテるかな…というわけで、観に行ってきた。

結論としては、とても良かった。映画を観終わった人たち、みんないい笑顔。オレも、観たあとは明らかに心が軽くなった気がする。何がいいって、人があったかいんだよなぁ。幕末から現代に高坂新左衛門(演・山口馬木也)がタイムスリップするわけだけど、まず、助監督の山本優子(演・沙倉ゆうの)が優しい。タイムスリップ当初の高坂は汗だくできったなくて、ニオイだってクサかったはず。それなのに、不審がらずにあれこれと世話を焼いて気にかけて、ときには叱ってくれて。この人、いつか悪い人にコロッとだまされないか? と心配に思うほど。

山本優子を演じる沙倉ゆうのさんは実際に本作の助監督らしい。現在45歳(撮影時はもう少し若いか)というご年齢でこの若々しさも驚き

同様に、高坂を居候させる西経寺の住職夫妻(演・福田善晴/紅 萬子)もスゴイ。記憶がないというだけで、素性もわからない、しかも地毛でちょんまげを結ってる男を居候させるか…? 高坂と囲む食卓もあったかいんだよなぁ~。剣心会への入門テストのときとか、いろいろと心配してくれて。あれやこれや話しながら、ごはんとみそ汁に、しっかりおかずとお漬物がついた食卓を囲む。ここには、古き良き時代のすべてがあると思った。

この美しさ、食べるのがもったいないでござる……ぱくり。「食うんかい!」。予想通りだが笑ってしまうよね

でも、それだけ高坂には人間味があるんだよな。朴訥とした態度も好感が持てるし、まっすぐでピュアなところがいい。「助太刀いたす」と撮影に乱入し、監督にブチ切れられてオロオロ。テレビで時代劇を観て大暴れして涙を流す。おにぎりやショートケーキのウマさに衝撃を受ける。一緒に釣りをする風見恭一郎(演・冨家ノリマサ)に腹を立て、池に石を投げる。会津の悲劇を知り、飲めない酒に溺れる。自分のゲロで滑って自滅(笑)…そんな「放っておけない男」だからこそ、視聴者は終始ハラハラし、高坂に対して深く、深く感情移入してしまうのだ。

監督にブチ切れられる高坂

高坂以外のキャラとしては、心配無用ノ助(錦 京太郎役/演・田村ツトム)がいい味出してる。目鼻立ち、立ち居振る舞いがいかにも時代劇の役者で、完全に世界観にハマっていた。斬られ役を飲みに誘っていたが、オレも飲みについていきたい! と思う。

心配無用ノ助。背後の町娘がかわいい

それに「心配無用ノ助」…いい名だ。まるで「人生、そんなに心配いらないよ」と言われているようで、彼が名乗るその一瞬だけは、「これでいいんだ」と思えた。ちなみに、同じ無用でも「問答無用ノ助」とかは最悪だ。刀を持たせたらダメ、絶対。

キャラでいえば、風見恭一こと山形彦九郎(演・冨家ノリマサ)も忘れてはならない。若林 豪を思わせる二枚目で、高坂をおおらかに受け止め、友情を育んでいく姿がいい。ただ、殺陣が少しキレが悪いのでは…? あと、高坂が真剣での立ち合いを申し入れた際、涙を流したのは場にそぐわない気がして、どうなんだろう…? と思った。そこだけ気になった 。(後日聞くところによると、涙を流したのは冨家ノリマサ氏のアドリブらしい)

本作を貫く魅力といえば、「昭和レトロ」があると思う。作中に漂う昭和の雰囲気がノスタルジーを呼び起こすのだ。たとえば、太秦・東映京都撮影所の「警笛鳴らすな」のフォントからして昭和っぽい。

ちなみに、警笛とはクラクションのこと。撮影中にクラクションの音が入っては台無しですからね

山本優子のボーダーポロシャツはいまや誰も着ないだろうし、風見恭一郎が着用したタートルネックセーターは、昭和の「とっくりセーター」のイメージそのもの。撮影所の所長(演・井上 肇)は真剣での撮影も「誓約書さえあれば全然大丈夫やん」と笑うトンデモ野郎で、雑な思考がいかにも「昭和だな~」と思える。風見恭一郎や心配無用ノ助も、「昭和の映画スターってこうだよね」という人物だし。つまり、世界観が「古き良き昭和」なわけで、これが「昭和を知る世代」と、「昭和レトロに憧れる世代」に刺さったのだろう。

公式サイトより。とっくりセーターを着る風見恭一郎

あとは、大きな緩急をつけた構成かな。割とゆるい笑いの世界から、緊迫の真剣勝負へ。その振幅がドラマ性を引き立てる。そう、古刹の境内で二人が真剣を持って対峙するシーンだ。「真剣」と聞いて、かつて勝新太郎が監督を務めた「座頭市」での悲惨な事故を思い起こす方もいただろう。これ、大丈夫なのか…? 睨み合いで静止したあの時間、誰もが息を飲んで見つめていた。ググっと世界が凝縮されていくイメージ。とてつもなく長かったような、一瞬だったような。

ここで、疑問が一点。なぜ、高坂と風見は真剣勝負に至ったのか? 高坂の、おそらく「自分だけが生き残って、このような幸せを享受して申し訳ない」という気持ち。会津藩を蹂躙した新政府軍への怒りと悲しみ。その気持ちが、かつて長州藩士だった風見へと向かい、時代劇への熱い思いもあって、「たとえ斬られてもいい。(自分のなかで)決着をつけなければいけない」と思い至ったわけだ。

一方、風見はかつて人を殺め、罪悪感にさいなまれていた。時代劇を捨てたこともずっと自責していたのだろう。高坂と風見、二人のやるせない気持ちが交わったとき、「真剣勝負」となるのは必然だったかに見える。丁寧な心理描写で、そう納得させてくれるストーリーが見事だと思った。もちろん、「絶対カメラ止めるなよ…」とささやくクレイジーな監督のクリエーター魂も忘れちゃならないが。

真剣勝負のシーン

で、最後に高坂が刀を振り下ろして、血がドバーのシーン。その後、住職が映画館のシアターから出てきてホッとひと息。さすがに真剣で殺したら上映しないだろ、と予測がついたから。その後、高坂も少しは役者として格が上がったかな? と思ったら、心配無用ノ助に斬られていて笑う。そして、ラストシーン。冒頭、山形彦九郎に一撃でやられた丸顔のザコ侍が現代にタイムスリップ。オマエもかい! ていうか、アンタでは先が思いやられすぎる…

ちなみに、本作はエンドロールも楽しめる(自主制作映画だから、普通の映画より短い)。監督・脚本・撮影・照明・編集をはじめ、一人11役をこなしたという安田淳一監督の名前がたくさん出てくるからだ。しかも安田監督、製作費のうち2000万円は自腹で支払ったらしい(2000万円の貯蓄があったこともスゴイが…)。うーん、いろいろと信じられないが、本当にお疲れ様でした。役者さんたちも「脚本がいい」と言ってたみたいだし、このヒットは必然だったのかも。ともあれ監督、みんなを笑顔にする、素晴らしい映画をありがとう! おもしろかった!

山本優子役 兼 助監督の沙倉ゆうのさん(左)と安田淳一監督(右)

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