いつだってオレはちょろい。中年男が書店で謎めいた女に惹かれた話

小説

その女は異様だった。上から下まで黒づくめで、身体は細く、やたらと脚が長い。病的なまでに白い肌、唇には紫がかった暗い色のルージュをさし、大きなサングラスを着けている。顎のラインは極めてシャープだ。モデル…なのか? 何者だ?

「ねえ、店員さん。ちょっと本のこと教えてよ。私の友達が読書好きで、本をプレゼントしようと思ったんだけど。来てみたはいいけど、何選べばいいかわかんなくて」

「店員じゃないけど…その友達はいつも何を読んでるの?」

本好きのオレは思わず食いついてしまった。

「カワキタ…ナントカっていう」

「ああ、川北耕平ね。オレも好きだよ。現代の企業ものから時代小説まで書いていて、登場人物がみんな硬派でかっこいいんだよね。だけど、好きな作家の本を選ぶと、友達が持っている可能性もあるんじゃない?」

「あ、そうか。じゃあ何がいいんだろう…えー困った…」

「それなら、友達が好きなモノの写真集とかはどう? ここ、写真集が充実してるから。あと、プレゼントには大人向けの図鑑でもいいんじゃないかな?」

そう、ここは都内有数の巨大書店・シタヤ書店である。おしゃれ系の写真集や図鑑ならひと通りそろっているはずだ。

「へーそうなんだ。その友達ってのは男なんだけどね、何が好きだったかなぁ。確か酒は好きだって言ってた。ウイスキーとか」

あー、これは彼氏候補だな。「見極め中」というやつか。…まあ、オレには関係ない。

「なら『世界ウイスキー図解』という本があったような。たしかこっちに…ああ、あったあった。 ちょっと高いけどプレゼントならいいんじゃない?」

「うわぁ、キレイ…」

女は、微笑を浮かべながらその本に見入っている。

やがて「うん、これにする。ありがと!」女はそう言い、唇の端を上げてオレに笑いかけた。ああ、この女、見た目よりずっといい子なのかもな。そして、笑った顔をすごくかわいいと思ってしまった。まったく、オレってやつは、いつだってちょろいもんだ。

※この話はフィクションです

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