京都、3時間でどれだけ回れる? 河原町で大満足のひとり旅

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昨夜の飲み歩きから一夜明け、朝を迎えました。微妙に酒は残っていますが、体調はまずまず。ホテルをチェックアウトして鴨川に行ってみると、夜とはまったく違って見えますね。改めて見ると、こんなキレイな川だったんだ…。朝の清涼な空気のなか、鴨川を横目に歩くと身も心も浄化されていくようで。晴天にも恵まれ、一人静かに気分が上がります。

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居酒屋でこの記事を書こうとしていたとき、すぐ隣のテーブルのカップルが「京都行きた~い。特に鴨川が好きでぇ~」と話していました。偶然ってあるものですね

さて、今日はどこに行くか。ぼーっと考えていたところでは、河原町周辺の寺社を巡ろうかな、と。東京へ戻る新幹線は京都駅14時発だから、13時ごろに河原町を出ればいい。現在は10時だからあと3時間、時間の許す限り楽しんでいこう…。

八坂神社では肉棒が売っている

八坂神社の西楼門

まずは、八坂神社に向かいます。京都河原町駅から東へ。お土産を売る商店街を通って15分ほど歩くと、鮮やかな八坂神社の朱色の門が見えてきました。有名なこの門は国の重要文化財で、西楼門(にしろうもん)というそうですね。あ、これって正門じゃないんだ。本殿の正面にあたる南楼門が正門だそうです。

門をくぐって驚いたのが、境内にいろいろな屋台が出ていたこと。入っていきなり、えっ…肉棒? あ、「蟹」肉棒か。びっくりした。その向こうには牛串焼きにイカ焼き。焼きそば、おでん、貸衣装のお店もあります。さすが祇園祭を司る神社だけのことはありますね。毎日がお祭りってことですか。

おいしそうな蟹肉棒の屋台。「紅ずわい蟹と白身魚のコラボ」とあります
屋台をのぞく客でにぎわう本殿までの道

本殿にお参り。お賽銭を投入し、心を込めてお導きを願います。ちなみに、八坂神社の創建は斉明2(656)年。高麗からの渡来人が素戔嗚尊(すさのおのみこと)=牛頭天王(ごずてんのう)を八坂郷に祀り、祇園社を創建したのが始まり。平安時代から都の疫病除けの神社として信仰されました。現代でいうアマビエのような存在だったわけですね。なお、祇園祭は貞観11(869)年、疫病が流行した際に疫病がおさまるようにと開催されたイベントが由来だそうです。

ついでに授与所でおみくじも引いてみました。結果は「半吉」。まあ、そんなものでしょう。詳しく見てみると、願望→「願掛け十分なればついに叶う」。努力すれば叶うってことなら、それで十分です。肝心の待人は…「牛歩なり」。「遅い!」と笑いました。いや、笑ってられないので、頼むから早く来てください。

八坂神社の本殿


知恩院のバカでかい三門の内部を拝観

さらに八坂神社の本殿を東へ進んでいくと、気持ちの良い公園がありました。さらに、その向こうにはバカでかい建物が。遠くなのに、サイズ感が狂うくらいの大きさです。なんだろう、あれ…と近づいてみたところ、知恩院(ちおんいん)の建物でした。知恩院は浄土宗の総本山で、創建は承安5(1175)年。開祖・法然上人が布教を行った庵を起源としており、江戸時代に入ってから徳川家の援助を受けて大規模な伽藍が整えられたそう。そして、あのバカでかい建物は、国宝の三門(山門)でした。

知恩院の三門。写真ではサイズ感が伝わらないのが残念ですが、とにかくデカい。「華頂山」と書かれた額は畳2枚分の大きさです。今回は、その額のすぐ近くから下を見渡すことができました

三門は、運よく内部を見学できる期間にあり、1000円で中を見ることができました。ハシゴか! というほど急な階段を登り、三門の内部には、釈迦牟尼仏(お釈迦さま)の像と羅漢(高僧)の像がずらりと並んでいます。

羅漢像にはそれぞれ個性があって、真面目そうな人もいれば、足を崩して生意気そうな表情を浮かべた人もいるのが面白い。天女や龍が舞う珍しい天井画も堪能しました。景色も含め、写真撮影が不可だったのは残念ですが、貴重な機会に遭遇できてラッキーでした。知恩院は三門のみの拝観で満足したので、これにて辞去。


秀吉の妻「ねね」ゆかりの高台寺をまったり回る

さて、次は気になっていた高台寺に行ってみることに。しかし、京都は歩いているだけで楽しいですね。途中の道もなんだかオシャレです。

高台寺に到着。高台寺は慶長11(1606)年、豊臣秀吉の正室の「ねね」こと北政所(きたのまんどころ)が、秀吉の菩提を弔うために創建したお寺。ねねが出家後に後陽成天皇より賜った「高台院」という院号が寺名の由来です。

ねねは秀吉の冥福を祈るためか、住居としていた圓徳院から高台寺に毎日通っていたそう。そして、そのルートとなっていた石畳の道は現在「ねねの道」と名付けられています。また、高台院は春は桜、秋は紅葉の名所として知られる風雅の地。期間限定で、ライトアップされた夜間の境内も拝観できるそうです。

休日の昼間だというのに、境内は人が少ないですね。夜のほうがメインなのか、行く先々がほぼ無人だったのでとても観覧しやすかったです。これは穴場といえるかも。なお、観覧しているのは外国人観光客が多かったです。「ジャパニーズオドウ、ナーンカ オチツク…」外国人の男性5人組グループが無人のお堂でぼーっとしていたのが印象的。

すっきりした枯山水の庭園
この廊下は「龍臥廊」というらしいです
伏見城から移築されたと言われる茶室で、国の重要文化財の傘亭(からかさてい)。青い空には飛行機雲
竹林の小径。竹林の地面には照明器具が。ここも夜にはライトアップされるのでしょう。夜の雰囲気も良さそうです


高台寺に所属する庵のひとつ、圓徳院も訪れました。先述の通りねねが住居とし、晩年の19年を過ごしたお寺。こちらは三面大黒天という、秀吉の守り本尊を祭っていることでも有名。三面大黒天は、大黒天・毘沙門天・弁財天の三天が合体した仏像です。高台寺との共通拝観券(900円)を購入して見学しました。

圓徳院は瀟洒でコンパクト。さほど混んでもおらず、庭を眺めながらお茶が飲める場所もあり、カップルや家族でリラックスするにはいいと思います。

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圓徳院の風景

建仁寺で圧倒的アートセンスに震える

この時点で正午を回り、観光できるのはあと1時間くらいとなりました。次なるターゲットとしていたのは、かの有名な建仁寺。臨済宗建仁寺派の大本山で、1202(建仁2)年の創建。開山は栄西禅師、開基は源頼家です。ひっきりなしに人が入って混雑しているのですが、内部はそれなりに広く、拝観は快適です。

驚くのは、きらびやかな日本画がたくさん展示してあること。ただし、それらは建仁寺の所蔵品がキヤノンの技術で撮影・プリントされた高精細複製品で、京都の伝統工芸士が装飾を施すことでオリジナルを忠実に再現しています。複製品なのは残念ですが、撮影できるのはうれしいですね。

俵屋宗達「風神雷神図屏風」の高精細複製品
江戸後期の画家・池田孤邨(こそん)による「紅葉に流水・山景図屏風」の高精細複製品

あと、禅宗のお寺って、さりげないおしゃれがあって大好きなんですよね。静謐さと力強いイメージが同居する枯山水の庭園を見ると、心が洗われる思いです。ここで座禅したら気持ちいいだろうなぁ…。

方丈から見た枯山水の庭園の眺め

方丈の中庭は、禅宗の思想を込めて作庭された「〇△□乃庭」(まるさんかくしかくのにわ)。ネーミングも見た目もおしゃれすぎて震えます。

方丈庭園〇△□乃庭(まるさんかくしかくのにわ)の「〇」を象徴する中央の浮島
方丈の渡り廊下を望む

景色を切り取って借景とする窓=借景窓も美しい。もはや一幅の絵画。思わず立ち尽くして見入ってしまいます。これは…イイ。撮影する方が多かったのも納得です。

芭蕉を切り取る円形の借景窓
禅宗建築に見られる花頭窓。こちらも庭園がすかして見える借景窓になっています


天井画「双龍図」を見て平成の画家の心中を思う

最後に、法堂を見学。こちらの見どころは天井の双龍図。建仁寺創建800年を記念して2002(平成14)年4月、故・小泉淳作画伯によって奉納されました。縦11.4m 横15.7mという壮大なスケール。どこかモダンな印象があるのは、平成の画家の筆によるが故か。

しかし、鎌倉時代の文化財に平成の画家が絵を描くって、なかなかすごいことですよね。小泉画伯の名声のほどがうかがえますが、描く際のプレッシャーはいかばかりだったのか…意外にも喜々として挑んだのか…。できれば後者であってほしいな…知らんけど。と思いつつ建仁寺を辞去。

天井に双龍が躍る法堂

ありがとう、京都。帰りの電車ではチューハイ空けました

いや~、3時間の京都の旅、堪能した! という感じです。しかしさすが京都。狭い地域に観光スポットがぎゅっと密集していますね。それだけに、京都は地域を絞って観光するのが良いかも。

では再訪のときまで、おおきに、そしてさいなら京都。楽しかったよ。ちなみに「家に着くまでが遠足だ!」というわけで、満足感と駅弁を肴に、帰りの新幹線ではチューハイ3缶を空けました。

【京都の旅・前編と番外編はコチラ】

独身中年「ブレジャー」で秋の京都を楽しむ。【河原町 飲み歩き編】

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